小悪魔より愛をこめて 唇に触れるだけのキス、囁き合うように啄ばむキス。 温かいシャワーの雨の中で数え切れないほどのキスを交わしながら、手のひらで互いの身体を洗い合うように撫で回す。汗を流してサッパリするはずの行為は、もうとっくに目的を違えている。その証拠に、キスを重ねて熱くなった身体から再び汗が滲み出ても、少しも気にならなくなってしまっている。 唇を深く交差させ、きつく舌を絡め合い吸い上げるキスは、互いに相手を取り込もうとするせめぎ合い。言葉の代わりに、出来るものなら丸ごと呑み込んでしまいたいほどの愛しさをこめて「きみのすべてが欲しい」と告げているようなものだ。 だから、あの僕らの気持ちがすれ違ってしまっていた日々、僕は触れ合うだけのキスしか出来なかった。試した訳じゃないから単なる想像だけど、もしかしたらセックスより苦痛だったかも知れない、なんて思っている。身体よりも心が彼を受け入れようとしなかったんだ。 でも、今はもう大丈夫。 「愛しています、悠季……」 囁く声が、ただでさえ霞んでいた頭の中を白く塗りつぶす。 「愛してるよ、圭」 囁き返せば、愛撫の手は俄然勇気を得て僕を追い詰めに掛かってくる。 「あ、あっ、待って……っ」 「おっと!」 崩れかけた身体を、僕の何倍も逞しい腕がガッシリと抱き支えてくれた。この後に続く言葉は大抵決まっている。ポーカーフェイスをさも嬉しそうなスケベ笑みに崩して…… 「もう腰にきたのですか?」 ほらね、思った通りだ。 テクニックの差を見せ付けられ、僕の淫乱ぶりをからかわれているようでいつも悔しい思いをするのだけれど、今夜は何だか嬉しいよ―――きみが、きみらしく在ることが。 でも、ちょっぴり負けず嫌いの虫が騒ぐから、僕は僕の方法で、きみを虜にすることを考えよう。 ろくに力の入らなくなった腕を圭の首に巻きつけて、強請った。 「ねぇ、早くベッドに行きたい。連れてって」 ゴクッと唾を飲み込む音が聞こえて心の中でガッツポーズを固めたのも束の間、百戦錬磨のツワモノは、その程度でうろたえたりはしなかった。 「喜んで。……素敵ですよ、悠季」 僕を抱き上げながらうっとりと微笑み、僕にとっては凶器にも等しいと知っている低く潜めた声で続きを囁いた。 「もっともっと、最高に艶めかしいきみを見せて欲しい……今夜は是非、きみが上に」 「それ、確か去年もリクエストしたぞ?」 苦手な体位を要求されて、恥ずかしいのを我慢して応えた覚えがある僕は、早速突っ込んだ。 誕生日だから無下に断れなかった結果なんだけど、そうした僕の心理まで計算してリクエストしたに違いない男が、忘れているはずも無く……。 でも圭は、とぼけた。 「おや、そうでしたか? 近頃は少しばかり忘れっぽくなりまして」 そう嘯いて僕をシーツの上に横たえるや、追求されたくない時の常套手段で唇を塞ぎにきた。 確かにね。脅威の記憶力を誇るきみが、肝心の時に忘れっぽくなるのは知ってるよ。 僕が、きみの完璧な容姿や音楽の才能といった長所だけでなく、短所も丸ごと全部愛してるってことも。今の僕があるのは、きみがそう望んだ結果でもあるのだということも。きみは時としてそんな大切なことを忘れて、密かに不安を募らせてパニックを起こすんだ―――僕というパートナーの存在意義までも否定するように。 「圭、かわって」 貪るような口づけの合間に囁いて、寝返って、逞しい彼の身体を組み敷いた。 「いいよ、きみの望むように愛してあげる」 「悠季……」 ベッドの上で僕が積極的に振舞うことが、きみには愛されている証に思えるのなら、僕はどんな恥ずかしい自分を曝け出すことも厭わない。きみという男を愛していることも、もうとっくの昔に僕のアイデンティティーの一部になっているのだから。それを素直に表に出すことを、僕はもう恥ずかしがったり後ろめたく思ったりなんかしない。 だからあの夜も、自分からきみを求めて貪ったのに。きみはそれでもまだ足りなくて、あれから半年経った今でも、時おり怯えた顔を見せる。 けど、きみもやっと気づいてくれたみたいだし。 だからもう、今夜で終りだよね?―――じゃなきゃ、怒るぞ!? 舐めしゃぶっていた雄根を唇で強く扱いてやった。 太さを増し、ビクビクッと震えて断末魔を伝えてきたそれを、更に吸い扱く。 「ゆ、悠季っ……も、もうっ……!」 限界を訴える声を無視してきつく吸い上げて―――受け止めた熱い迸りを手の中に吐き出し、アナルに塗りつけ、中まで塗り込めようとしたところでガシッと手を掴まれた。 「なに? 足りなかった? もう一回出してあげようか?」 せせら笑いには見えないように気をつけて微笑んだ僕に、圭は不敵な笑いを浮かべて言った。 「いえ、そうではなく。それは僕の役得ですから、たとえきみにだって譲れませんよ」 僕に大胆な振る舞いをさせたがっているはずの男は、そう言って一番の見せ場を僕から奪い取った。 圭の顔の上に跨らせられて、前を彼の口腔に愛されながらバックを彼の長い指で執拗に犯される、という気がヘンになるほどハードな前戯ですっかり堪らなくさせられて…… 熱い楔をいっぱいに呑み込み、圭の腹の上でゆっくりと腰を使いながら、朦朧とする頭で考えていて(ああ、そうか……)と気づいた。見栄っ張りで意地っ張りで負けず嫌いの彼は、僕に一方的に翻弄されたんじゃ男の沽券にかかわるとでも思ったのだろう。それとも、僕が真っ赤になって恥ずかしがりながら淫らな行為をするところが見たいのかも知れない。さっきみたいに平然とやっちゃうんじゃなくてね。あるいは、もしかしたら……彼以外の者が僕を愛することは、たとえ僕自身にだって許さない、とか? あ、あは、あはっ、ま、まさかね!? ああ、でも、どんな理由があるにしても、きみはとんでもなく疑り深くて信じられないほど臆病なだけじゃなく、思いっきり欲張りだ! なんてややこしくて面倒で、扱いにくくて、憎たらしくて、イヤなヤツで……! なんて堪らなく愛しいヤツなんだろう!! へぼのヴァイオリン弾きだった僕をプロのヴァイオリニストにまで押し上げたのもきみなら、キスさえ知らなかった僕をこんな淫乱な男に変えたのもきみなんだと、もう一度はっきり自覚してもらうぞ!? 意地っ張りや負けず嫌いなら引けを取らない自信はあるし、男の沽券と言うなら、僕も同じ男だ! 「気分が乗りませんか? 悠季、よくない?」 僕の痴態を下から観察していた男は、かっきりとした眉を顰めてそう訊ねてきた。 「イイよ……きみこそ、ヨくない?」 「い、いえ……イイです、とても」 いつもはすぐにメロメロになっちゃう僕が《長持ち》してるから不審に思ったに違いないのに。だから、感じるどころじゃなかっただろうに―――この、ウソつきめ! 僕の中に居る、まだぜんぜん余裕って感じのソレを、思いっきりギュッと締めあげて呻かせてやった。 微笑んで、覆い被さって、舌を絡め合う淫らなキスをして。 圭を感じさせることに全力投球して。 やがて僕と同じように息を弾ませながら再び眉を顰めた圭は、今度は本当に感じているらしい喘ぎを漏らし始め、僕は彼を支配している悦びを噛みしめる。 「ああ、圭、イイ、イイよっ、すごい……っ!」 「悠季、僕の悠季っ、最高だっ!」 「え、えっ? あ、ちょ……そ、そんな……」 「イイですか? 悠季、イイ?」 「あ、うそっ、やだ、圭っ、ダメっ、あんっ、ああっ、あああっ……!」 絶対圭より先にイクもんか!と固く心に決め、それだけを支えに頑張った僕が挫折を余儀なくされたのは、僕の身体が淫乱だからじゃなく、足腰が軟弱な所為だった。 「ああ、素晴らしかったですよ、悠季! 最高のプレゼントでした」 腕枕に抱きこんだ僕にキスの雨を降らせながら、感激に昂った声でそう言った圭に、僕は内心の悔しさを押し隠して微笑んだ。 「よかった。ご満足いただけたようで何よりだよ」 口ではそう言いつつも、コンチェルトの共演に続いてまたもや体力負けを喫した僕が、リベンジを誓って《体力増強》を当面の目標に掲げたのは言うまでもない。 「悠季……愛しています」 「うん、僕も……愛してる」 第二ラウンドに誘うキスを仕掛けてきた圭に応えながら、僕はすっかり彼自身のペースを取り戻した圭をゾクゾクするような気分で嬉しく眺め、でも、心の中では(今に見てろよ〜)と呟いていた。 FINE 2008/8/14 ベッドの中の力関係は、まだ対等とはいかないもよう?(笑) << BACK |